西国巡礼で印象的だった風景や古事、出来事などを綴っています。

*本ホームページの投稿欄に2018年1月から12月まで全12回にわたり連載した記事です。

熊野灘に浮かぶ深夜の満月

早朝の到着を目指して和歌山市から青岸渡寺へ。深夜の海岸線(熊野街道)を車で走る。日置川を過ぎた頃、海原が明るんだ。目をやれば水平線上に満月。車を止め、その神々しい情景を全身で受け止めた。

紀三井寺境内から見た和歌浦

紀三井寺の桜は気象台の標本木で近畿地方の春を呼ぶ。紀三井寺を訪ねた頃は8分咲きで、春へのときめきを大いに感じさせてくれた。花を観じ、愛でることができる心の平安にも感謝

粉河寺本堂前の桜

粉河寺の本堂は実に大きい。この寺の縁起からも読み取れるが、創建時から土地の有力者の支えが強くあったようだ。経済的に豊かな土地でもあったのだろう。門前で楽しめるこの地方の果物やスイーツには巡礼にとっての滋味となる。

施福寺観音堂への山道

西国三十三所は山寺が多く、観音堂までを山登りする必要がある札所がいくつかある。施福寺はそのひとつ。とはいえ、この寺は海にまつわる寺である。長年、間違った創始説が流布されていたという。

葛井寺 つぼみを膨らます藤

季節には珍しい雪の中、開花まであと数日のフジを葛井寺の境内で撮影していた。すると地元の写真家が、かつて撮影した満開の藤の写真を自宅から持参。門前の仲間達も集まって話に花が咲いた。

壷坂寺への道中をご一緒したご巡礼は、四国、坂東、秩父を結願されていた。「しかし、実感がいまだ湧かない」と言う。歩きながら考え、考えながら歩くことの大切さを再認識させられた瞬間だった。

岡寺境内に咲く石楠花(しゃくなげ)

岡寺の境内は、春ならばシャクナゲ、秋ならばモミジが美しい。高台にある三重宝塔から東へは「もみじのトンネル」があり、義淵僧正の廟所(びょうしょ)からは「しゃくなげの道」が通じている。本堂など境内を見下ろせる絶景ポイントもあって楽しい散策路である。この寺を開いた義淵僧正(ぎえんそうじょう)は皇室につらなる出生だったとの説もある。義淵僧正は奈良時代における仏教界のトップで、その後の日本仏教の展開に貢献した優秀な弟子たちを育てた。験者(けんじゃ)としても尊崇を集めたらしい。古称の「龍蓋寺(りゅうがいじ)」には、当時の国家や農民たちの祈雨(きう)や止雨(しう)への期待が込められている。草創は「官寺(かんじ)」としてであり、国宝も多い。

桜の頃の長谷寺観音堂

長谷寺では本尊(ほんぞん)の特別拝観のおり、そのおみ足に触れることを許している。重要文化財であるから本来はあり得ないが、本尊との直接の結縁(けちえん)は、昔からこの寺にあった信仰の形なのだ。五叟(ごそう)が訪れた日も、両手で本尊と結縁しながら、何かを一心に願っている若い女性がおり、その姿を見ていて心の深い部分の琴線がふるえた。ところが、2015年の春、名だたる寺社の文化財に液体がまかれる事件が連続し、このご本尊も被害に遭われた。容疑者は特定されたが、いまでも実にやりきれない出来事であった。

夕暮れ時の南円堂

2018年10月に興福寺の中金堂が天平時代の様式でよみがえる。江戸時代の大火で焼失してからその再建は、300年間にわたる悲願であった。平安時代から鎌倉時代頃までの興福寺の力は絶大だった。大和一国の権力と財力とを掌握していたからだ。しかし、織豊時代以降の寺院政策で衰退し、明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)でさらに荒廃した。そうした中で光彩を放ち続けてきたのが南円堂の存在だった。西国札所であり観音を信仰する信者のよりどころだったからだ。この札所は、三十三所の中でも得意な点がある。納経時間がそれで、少人数の納経ならば朝5時から夜9時まで受け付けてくれる。

四季を通じて花を楽しめる三室戸寺境内

三室戸寺の境内の空気感はとても澄んでいてすがすがしい。庭園には四季を織りなす草木が整然と植栽されている。驚くのは、その毎日の整備を専門の職人たちではなく、お寺さまがみずから行っていることだ。手間や時間がかかる剪定、施肥などなど、その熱意が美しい花々にも宿るのだろう。

上醍醐の諸堂

現在は、御朱印を下醍醐の観音堂で押印していただけるが、上醍醐まで徒歩で登る「価値」は大いにあり、休日などは登攀者が多い。健脚を誇るご高齢の方もいて、道を譲りながらそのみずみずしい健康と体力に憧憬を抱いたりする。山頂で乾いた喉を潤せば、それはまさに「醍醐水」。法悦にひたれる瞬間でもある。

正法寺の夫婦桂

上醍醐准胝堂と正法寺は峰続きで、互いの距離は4キロほどである。風向きにもよるが、法螺貝の音を届けることも可能だという。この寺の開基は泰澄で修験のネットワークが及んでいたことをうかがわせる。また、境内には桂の大樹群があり、初代の本尊は霊験を宿した一本の桂で彫られたという。修験の代表的な古刹に日光の中禅寺があるが、その本尊も桂の生木で彫られた。興味深い。